【社歌】虹色侍のずまさんに株式会社ハイボールの社歌を作っていただきました! | HighBaller
Culture

【社歌】虹色侍のずまさんに株式会社ハイボールの社歌を作っていただきました!

会社の3期が終わり4期に突入した株式会社ハイボールの大田です。

こんばんは。

現在深夜4時半、社歌のMVの編集を終え朦朧としている最中、この勢いの記事を公開してしまおうと思い筆をとりました。

そして、株式会社ハイボールの念願の社歌がついに完成しました!!!!

株式会社ハイボール 社歌 |HighBaller

百聞は一見にしかずということで、とりあえず御覧ください!

見ていただけましか?めっっっっちゃ良きですよね。

ぜひぜひいいねとシェアとチャンネル登録をお願いします。

なぜ社歌を創ることに?

きっかけは友人のJazz2.0がこんなプレスリリースをだしてました。

YouTube登録者123万人の虹色侍のずまさんに社歌をつくっていただける
・日経社歌グランプリというものがあり優勝すると全国のJOYSOUNDで歌えるように
・ざっくり雰囲気をつたえると作ってくれる
・ワンピースフィルムRED見たばっかりで会社の歌あったらいいよな〜

この全てが揃いやろう!!!となりました。

社歌に込めた想い

弊社、株式会社ハイボールで働く人のことを僕らはHighBallerと読んでいて、下記のような気持ちでこのオウンドメディアも作りました。

HighBallerという言葉をはやらせたい。

なのでこのオウンドメディアの名前も、HighBallerにしてみました。

HighBallerという言葉が一人歩きするために、

ハイボールに関わる最高で最強な人たち=HighBallerに焦点をあて、どんな考えや価値観をもっている人が集まっているのか、どんな文化をもつ人たちなのか、たくさん伝えていきたいと思います。

HighBallerという言葉を、流行らせたい。

下記記事から引用

「HighBaller」の歌詞にはHighBallerたるものを入れ込んでおります。

HighBaller10ヶ条

ハイボーラー
ハイボーラー

誇れるPRIDE持ったメンバー 

僕らは時間を食べて
思い出に変えてゆく

苦いのと酸っぱいのは 
アクセント程度でいい

一方通行のmy life
失えば戻らない

どうせなら
煌めいているほうがいい

素直でいいやつと
異常なことをやるのさ

誰にでもできることじゃなくてさ

ハイボーラー
ハイボーラー

誇れるPRIDE持ったメンバー 

ハイボーラー
ハイボーラー

NO.1目指すlike a FIGHTER

ずっと学んでゆく
世界一のものを作る

僕らは
ハイボーラー
ハイボーラー

最高の乾杯を

歩いた道をふと振り返れば
後ろにはほら最高の仲間が

幾度とない会話に
集う笑顔に乾杯

山も谷もないのはつまらない
誰にも負けないものを作りたい

願ってるだけじゃ叶わない

物事の肝と順序 整えて
質素倹約を
結果の出し方を知っている
ぼくらはハイボーラー

ハイボーラー
ハイボーラー

誇れるPRIDE持ったメンバー 

ハイボーラー
ハイボーラー

NO.1目指すlike a FIGHTER

ずっと学んでゆく
世界一のものを作る

僕らは
ハイボーラー
ハイボーラー

株式会社ハイボール 社歌 | HighBaller

ほんといい歌詞でずまさんに感謝です。

永遠に0→1を

社歌を作ってみてよかったのは、シンプルに楽しいということです。

もともと僕はフリーランスで映像制作をやっていた時期があり、そのときは死ぬほど編集していたのですが、最近はめっきりで久々に自分で編集してみてやはりなにかを作ることは楽しいなと改めて実感することができました。

人生を考えたときに僕が一番好きなのは0から何かを作ることで、それをずっとやれる環境や組織・仲間がいることが一番幸せだなと思い会社をやっております。

そして、今は会社という組織を0→1で作ることの楽しさにも出会えて、僕が死んでも・居なくてもこの組織から世界を感動させるような伝説があふれるような会社を作って行きたく、その和を広げていきたく社歌も制作してみました。

そして、社歌の制作が楽しすぎて社歌をたくさん作って社歌アルバムを作るという夢ができました。

それでは、来年の2nd シングルもお楽しみに!

(最後にもう一度MVを貼っときます。ぜひ見てください!)

1st シングル「HighBaller」

大田 卓矢

CEO

大田 卓矢

株式会社ハイボール CEO 大学在学中、19歳で1社目を起業。 地方で複数の事業立ち上げをきっかけに事業作りの楽しさを知る。 大学を休学し、Onokuwa・KinecaなどのIT企業のインターンを経験後、フリーランスとして独立。 半年後に株式会社ハイボールを創業。伝説の会社を創ることが目標です。